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オリジナルストーリー「盟友たちのクロスポイント」4



 はがれ落ちた鱗を、メリアが拾ってまわっていた。クラルスは小さな岩に腰掛け夢中でスケッチをしている。視線の先には、もう動かないドラゴンがいる。動かないドラゴンは赤い岩山のようだった。フォルテはその正面に膝を立てて座り、動かない強敵と対話しているようだった。傍らには折れた角が置かれている。ニスタは、どんなドラゴンだったか、どんな風に戦ったか、後で詳しく書けるようにポイントをメモしていた。フォルテのあの白く輝く両手剣の技、未完成の奥義が上手く行ったこと、メリアのリュートがすごかったこと。相棒が、壊れてしまったこと。探し出した相棒は、ブーメランは、武器としてはもう使えそうになかった。ゆがみ、欠け、曲がっている。多分武器職人は言うだろう。買い換えた方が早い、と。

「そろそろ行くか。やり残したことはないな」

 フォルテの言葉に立ち上がると、自分の身体の重さにびっくりする。身体が痛いがどこが痛いのかもよくわからない。

「フォルテ、両手剣、突き刺したままだよ」

「置いていく。ひびが入っちまったし、あれは警告と、記念碑にする」

「警告と記念碑?」

「人間を襲うとどうなるか、お仲間に教えてやるのさ。両手剣を見ればびびるだろ。記念碑は、俺たちが倒したって証拠だ。後で誰か来たときのな」

「誰か来るかな?」

「来るさ。この地は再び地図に描かれる。俺たちが、やったんだ」

「酒場の人たち、信じてくれるかな? ドラゴンを倒したって」

「こいつを持って帰る」

 フォルテは背中に、最後に折ったドラゴンの角を括り付けていた。

「まぁ確かに、こんな大きな角の魔物はあんまりいないだろうけどさ」

 怪しむニスタに、フォルテが「触ってみ」というから触ったら、

「熱い!」

 触れないほどではないがじんわり熱く、長く触っていると手が赤くなりそうだった。焼いた石の感覚に似ているけど、冷める気配がない。

「ドラゴンの身体は、魔力で満たされていますからね。火傷に気を付けてください」

「鱗もずっと温かいわ。みんなの分も拾ったから、後で分けてあげるね」

 帰り道は、四人とも何も言わなかった。竜の匂いがするせいか、魔物には襲われない。迷わずの森は長いのか短いのかよくわからない。ドラゴンとの戦いがどれくらいの時間だったのかもよくわからない。長かったような気もするし、もしかしたらあっと言う間だったのかもしれない。空はまだ、夕焼け色をしていない。

 森を通り、岩の扉をくぐり、転送鏡を通って見張り台。誰も何も言わなかったのにみんな自然にベランダに出て、眺める。ドラゴンと戦ったのは、どの辺りだろう。

「夕焼けだったら、物語的にはばっちりだったのにね」

「東向きですからねぇ」

「脚色するときは西向きにするわね」とメリアが笑った。


 山小屋に着いて、脱ぎ散らかして、水を飲んで、それぞれ適当に選んだ部屋のベッドで眠った。誰がどこの部屋で寝ているのか確かめる元気もない。見張りのことも考えていない。誰か来たときは、ドアベルに気付けることを期待する。

 ベッドに入ってもまだ、歩いているような、回転しているような感覚だった。今日あったことを最初から思い出そうとして、けれどもあっと言う間に眠ってしまった。


 起きたとき、ここがどこだかわからなかった。体調はすごくいい、と思って跳ね起きたら、あちこちに擦り傷切り傷火傷の痕があった。そうか、ドラゴンを、倒したんだった。傷はいずれもすぐに治る程度だ。フォルテなら勲章と言うだろう。

ロビーに降りると、クラルスが両手に空の桶を持って出かけようとしているところだった。

「水を汲んできます」

「あたしも行く。川まで案内するね」

 外に出ると、メリアが脚を高く上げて体操をしていた。朝日がまぶしい。

「おはよう。身体はどこも痛くない?」

「大丈夫。川まで行って、水を汲んでくるよ」

「あら、水ならそっちに井戸があったわよ」

 メリアに案内されて井戸で水を汲む。そりゃそうだ。この規模の館なら必要な水も大量となるだろう。井戸がないはずがない。

「あれ? なんか太陽が、変じゃない?」

「変?」

 だって、こっちは西側のはずだ。それなのに太陽が昇ろうとしている。

「ああ、わかった。ニスタ、今が朝だと思っているのね」

「どういうこと?」

「ぼくたちがこの館に帰ってきて、丸一日以上経っているんですよ。だからあれは朝日じゃなくて、もうすぐ夕焼けになる太陽です」

 そんなに寝ていたのか。どおりで体調がいいはずだ。

「フォルテより早起き出来て良かった……」

「誰がねぼすけだって?」

 二階のバルコニーにフォルテがいた。

「夜になる前に帰ろうぜ」


 馬車に乗れるといいが、夕方も近いから馬車はもう通っていないだろう、という話をしながら街道まで出た。予想は外れ、すぐに馬車に出会う。ほとんど満席だったがどうにか乗せてもらう。ニスタは御者台に。

「今日はお祭りだからね。まだまだ馬車は通ると思うよ。お嬢さん運が良かったね」

 お嬢さん! 初めて言われた。もしかしたらこの旅で成長できたのかもしれない。三人に自慢しようと幌の中を覗いたら、フォルテを中心に知らない人たちと話が弾んでおり、次々ドラゴンの角を触らせているところだった。あの分ならきっと、遠からず街中に知れ渡ることだろう。

「酒場だ!」

 街について、これからどうしようと思った瞬間フォルテが叫ぶように言う。誰も反対せず、四人が出会った酒場に向かう。そこからしばらくは大騒ぎだった。ニスタの人生で、一番の大騒ぎだった。フォルテはドラゴンの角を触らせたり、十年来の親友なの? ってくらいほとんどの人と仲良さそうに笑っている。クラルスはいつ見ても、年齢問わず女性陣に囲まれている。メリアはリクエストを受けて流行の曲を演奏し、歌う。

 ニスタは、まだ少年と言っていい年頃の男の子からせがまれて、面白おかしくドラゴン討伐の話をしていく。次第に周りに人が集まってきて、メリアが伴奏を付けるように、控えめにリュートを弾いてくれる。クラルスが隣に来たからスケッチブックを見せながら話していく。段々話が盛り上がって、いよいよドラゴンを倒す、というあたりで、メリアのリュートがあの曲を演奏したからニスタはちょっと泣きそうになってしまう。フォルテのあの大きな両手剣がドラゴンを倒した場面では拍手が起こった。「で、その時折ったのがこの角って訳。触った人はわかると思うけど、熱いんだよ。まだ触ってない人は後で触っておくと、何か御利益があるかもしれないよ」再び拍手が起こって、メリアが今度は、昔から歌われている英雄の歌を歌う。にぎやかで、荘厳な曲。みんな知っているから一緒に歌い始める。ふと見れば、フォルテは腕相撲の対決をしたあのマスラと肩を組んで歌っていた。ドラゴンのことでこんなにも盛り上がれる、いい夜だ。本当に、楽園みたいに素敵な夜だ。


 でも何でもそうだけど終わりがやってくる。今日はお祭りだから、酒場の営業は朝までやるみたいだったけど客は減ったし寝こけている人も少なくない。飲んでいる人や話している人も、酒場にしては静かな感じ。

 ニスタたちは、最初にそうだったように四人で同じテーブルを囲み、かといって特に話をするわけでもなくだらだらしていた。フォルテはちびちびと酒を飲み、クラルスはスケッチブックに何かを描いている。メリアは、作曲中なのか繰り返し同じメロディを弾きながらささやくように歌っている。みんな食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んだからお腹がいっぱいで、でも同じテーブルから動こうとはしない。みんなわかっているのだ。別れが近いことを。

 だけど、それは当然のことだ。たまたま同じ時期にドラゴンに興味があったから一緒に冒険しただけで、みんな、ドラゴンを探す以外にも人生がある。これまで違う人生を歩んできたんだし、冒険が終わればまた、自分の人生に戻っていく。今はただ、たまたま旅路が交わっただけ、すれ違っただけなのだ。

「お、宝の地図か?」

 クラルスの描いていた絵を覗き込み、フォルテが言った。

「残念ながら、違います」

「普通、赤で書いたそのマークは宝の在処を示すんだがな」

「確かに、大切なものの場所を示すときに使うマークですね」

「なぁに、これ。地図?」

「あたしにも見せて」

 それは、大雑把に書いた世界地図だった。地図の上に、赤い絵の具で四本の線が引かれている。

「これは、皆さんの旅路です。フォルテはプクランドから来て、この後はオーグリードに向かうって言ってましたよね」

「ああ。新しい武器を打ってもらう」

「だからここから来て、こっちに行く。メリアは歌のアドバイスをもらうためにウェナへ、ニスタは今回見たドラゴンの伝承を調べるためにエルトナの学院へ。ぼくはフォルテと反対に、オーグリードから来てプクランドに向かう予定ですから――」

「なるほど、そうなるわけか」

 赤い四本の直線は、二組の平行線となって地図の上、ちょうどこの街で交わり「X」の形を描いていた。誰も何も言わない。黙ったまま、地図を眺めている。交わるのは一点だけで、明日からは違う道を行く。すれ違ってしまう。

 ニスタには、みんなが何を思っているのかわかる。それぞれの旅があるから仕方ない、とか、別れがあるなんて最初からわかっていたことでしょう? とか、こんな気持ちになっているのは自分だけだろうか? とか。ニスタも同じ気持ちだった。だから、言った。


「じゃあ、少なくとも一年後、お祭りの日に再会ね!」


 別れたって、すれ違ったって、また会えばいい。いつもは遠くにいて、違う生活があり、旅にかけられるお金も使える時間も好きなこともみんな違うけど、でも! お互いが会いたいと思ってさえいればきっとまた会える。会うために旅を。旅を辞めてしまった人もこの日だけは旅を再開して。会おう。会いたいって言おう。待ってるって叫ぼう。


 一瞬の間があって、クラルスとメリアはにこりと、フォルテはにやりと笑う。

「待ち合わせ場所は?」

 決まっている。

 旅路の重なる交点、大切なものの在処、ドラゴン好きの楽園、「X」の、真ん中で!







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